INTERVIEW 過去参加者の今だから言えるホンネINTERVIEW

インタビュー者名前
伊藤 駿太
慶應義塾大学大学院
理工学研究科

事業開発本部
事業開発第二部

インターンシップ前から
この会社に決めていた。
あとは自分の直感を裏づけるだけだった。

決めた日は、新日鉄興和不動産に出会った日。

――この会社の存在を知ったのは、いつですか?

修士1年の5月です。大学院の講義で赤坂インターシティAIRの見学会に参加して知りました。そしてこの日、社員の方とお話しをする中で、「自分は将来、この人たちと一緒に働いているんだろうな」というイメージが直感的に湧いたので、各社のインターンシップが解禁になった際、真っ先に探して申し込んだのです。

――そして迎えた街づくり体感セミナー。街づくり体感ワークはどうでしたか?

私は、何事も突き詰めて、納得するまでやりたいと思う性格。こだわりの強いタイプです。一般に、グループワークでは、リーダーをやっておけば社員のウケがいいと言われたりもしていますが、そんな偏見に左右され、自分が納得できずに終わることだけは避けたかった。いくら選考に関係ないとは言え、意中の会社で悔いは残したくないと思ったので、街づくり体感ワークでは、その場その場で自分がすべきことを考えながら、声は小さいけれども議論に参加したがっている人とリーダーをつなぐ橋渡し役や、会話を進める潤滑油の役割を果たしました。結果、他のどのグループワークよりも充実感があり、納得のいく発表ができたと思います。
さらにグループワークが終了した後も、社員の方に職場の雰囲気などをガンガン質問したことで、会社の風土が自分の描いていたものに近い確証を得られました。

「最も刺激的な部署へようこそ」
と迎えられた都市再生部。
これでもか、というくらい刺激を受けた。

――就業体験の内容は?

ビル事業本部で、BIZCOREという中規模オフィスビルの企画開発を体験させていただきました。社員の方と一緒に神保町・赤坂見附の工事現場や、築地の建設予定地へと向かい、周辺のビルの見方や街歩きの仕方を学びつつ、築地のビルにはどんなテナントが向いているか、についても検討しました。
社員の方は、「扱うのはオフィスビルではあるけれど、同じコンセプトのビルを色々な場所に建てるのではなく、その街に必要とされるものを追求したい」というポリシーや熱い魂を持っていて、バリバリと仕事をこなす姿が印象的でした。初日の朝、部長さんに「最も刺激的な部署へようこそ」と言われた通り、これでもか!というくらい、刺激を受けた2日間でしたね。

――この時も悔いなく過ごせましたか?

実はこの時、設計会社や設備会社との会議に出席したのですが、1日目の会議では、社員の方がせっかく話を振ってくれたのに、自分の頭が追い付かず、曖昧な反応になってしまって、凄く悔しい思いをしました。夜の懇談会でも皆さんから励ましをいただいて、このままではいけない、と。翌日の会議では遠慮なく、気になったことを質問していきました。すると、相手の会社の方たちも温かくそれを受け入れてくれて、丁寧な説明をしてくださったため、最終的にはやり切った、という感覚で、2日間を締めくくることができました。

“こだわり”という自分の軸に、
マッチする会社は、やっぱり、ここだ!

――九州のフィールドワークで心に残ったことは?

新日鉄興和不動産が開発した住宅街を歩いていた時のこと、そこに住む小学生が私たちの後をついてきたんです。私は4人兄弟の長男で、昔から子どもが好きなので、「この街好き?」と聞いてみたところ、みんな笑顔で「大好きだよ!」と。社交辞令など言わない子どもたちの偽りない感想に、街の素晴らしさを実感しましたね。
また、沿道の小川にペットボトルなどが落ちているのに気づいた私は、ごみを拾いつつ見学していたのですが、社員の方は拾わない。「なぜですか?」と尋ねると、「デベロッパーがいつまでも街の自治に介入していると、住む人の自立や成長につながらないから」との回答をもらいました。街づくりとは、ハードを整えるだけでなく、人をつくるものでもあるんだなぁと、仕事の奥深さに魅せられました。

――新日鉄興和不動産のインターンシップは
どんな意味を持つ場でしたか?

私はインターンシップ前から、「この会社に決めた!」という気持ちだったので、5日間は自分の直感が正しいかどうかを確認するための期間でした。そして、ものづくりで日本を支えてきたメーカーの流れを汲むという背景や、徹底的にこだわり抜く姿勢を知ったことにより、「やはり、この会社だ」という結論に至ったんです。まあ、実際は、1日目でその確信があったんですが(笑)。

※インタビュー中の部署名は取材当時のものです